昨日は結局、周囲の環境を整えるだけで時間をいっぱいまで使ってしまった。
さらに言えばそのあとは夜の分の食糧調達と、保存食の作成に時間を使ってしまった。
便利な生活に慣れた私にはサバイバル生活はなかなかに難しい。
でもなぜか私と同じように便利な生活に慣れているはずのさくらは、サバイバル技術を会得しているようで割と楽しそうなのだ。
一体いつの間に……?
「私たちは暇を見て実践していましたから。たまに庭でテントを張ったりしているのを見たことありませんか?」
さくらは私のほうを見て『どうだ』と言わんばかりの表情をしながらそう言ってきた。
まさかさくらにマウントを取られる日がこようとは……。
「確かに何かしてるなーって思ったことはあるね。まさかあれがそうだったなんて。時々裏山に出かけるのもそんな理由?」
さくらたちは時々私の住処の裏手にある山に行くことがあった。
子供らしく遊んでいるのかと思っていたけど、どうやらサバイバル技術を磨いていたようだ。
「私も雛ちゃんも鈴ちゃんもそれぞれできることは違いますが、サバイバルにも対応できるよう訓練していますよ? どの世界に行ってもいいように、便利な技術だけに頼らないようにしているんです」
さくらは私に向かって『えっへん』と擬音が付きそうな勢いで小さな胸を張っている。
どうやら怠けていたのは私だけだったようだ。
仕方ない、負けを認めて反省しよう。
しばらくはさくらたちのお世話になるしかないのだから。
ということがあった朝だが、私とさくらは簡単な朝食を終え、召喚のために洞窟の外へ来ていた。
力の回復具合は昨日と同等。
つまり一人召喚できることになる。
前日の予定通り、今回は雛を呼ぶことにするわけだが、このまま呼んでいいのかどうか非常に迷っている。
私の予想が正しければ、私はこの後ひどい目に遭うだろう。
「どうしました? マスター。早く召喚してください」
雛がどんな子かを知っているはずのさくらは、まるで分らないようなふりをしながら私に早く召喚しろとせっついてくる。
さくら、実は怒ってる?
「ええっと、さくらさん? このまま呼び出しますと、私、刺されると思うんですよ」
私がそういうと、さくらはにっこり微笑みこう言った。
「自業自得です♪」
あぁ、やっぱりさくらは怒っていたのだ。
いくらうっかり転移してしまったとはいえ、さくらたちに断りもしなかったのだから……。
「うぅ……。はい……」
正直、めちゃくちゃ怖い。
死にはしないけども、一応痛いのだ。
いや、刺されることは確定していないけど突進くらいはされるだろう。
それでも大型ダンプくらいの衝撃があるけど。
「すーはー。すーはー。落ち着け、私」
独り言を言いつつ、気持ちを落ち着ける。
私も男である以上、ドンと受け止めるしかないのだ。
まぁ一応女性にもなれるのだけど。
「よし、いきます!」
誰に言うでもなく私はそう宣言すると、意識を集中して指を一回鳴らす。
パチンという音が響くと同時に私は呼んだ。
「おいで、雛」
すると、さくらの時と同じように目の前に小さな黒い穴が開き始めた。
その穴が完全に円形になると、小さな手が黒い穴から出て来た。
それから少しして……。
「うぅぅぅぅ、あああああるじいいいいさああああまああああ!!」
「ごふっ!?」
弾丸のように飛び出した小さい物体が私のみぞおちに突き刺さった。
やっぱり雛は激おこでした。
「うぅ……」
「あるじさまのばかばかばかばかばか!!」
一撃一撃が重い……。
倒れ伏す私の上に馬乗りになり胸を叩き続ける小さな妖狐の少女。
それが雛である。
「雛ちゃん? 気持ちはわかりますけど、まずはマスターの上から一旦退いてください。お話を聞きましょう?」
「うぅ……。はぁい……」
すすり泣く雛を桜がなだめて落ち着かせる。
しばらくすると雛は泣き止み、目を真っ赤にしながらも私のほうをじっと見つめてきた。
「あ~、えっと。その、ごめんなさい」
居たたまれなくなった私はまず謝った。
しかしこれは悪手だったようだ。
「いきなり謝られてもわかりません! 説明してください!」
雛さん激おこである。
うん、説明を先にするべきでした。
「はい。友人とお酒を飲んだ後、気が付いたらここに転移してました。理由は不明です」
謝って怒られたので素直に事情を説明した。
といっても全くわからないので事実だけを伝えた形なのだが。
「うぅ……。あたしは、心配しました! いつものようにお勤めも終わったので、主様と一緒に寝ようと思ってお部屋に行ったら誰もいなかったんですよ。いきなり、唐突に! 仕方ないのでさくら姉様と一緒に寝ましたけど……。そしたら次の日はさくら姉様までいなくなっているし……」
どうやら相当不安にさせてしまったようだ。
さくらと雛と鈴はそれぞれ姉妹であるが、私に最もべったりくっついているのはこの雛なのだ。
だから突然失踪したことで大きな精神的負担をかけてしまったのだろう。
「おいで、雛」
私がそう言い両腕を広げると、雛はふわふわと漂いながら私の腕の中に納まり頬ずりをする。
雛の愛情表現の一つだ。
「ぐすん。鈴ちゃんも怒ってると思うので、たっぷりお仕置きされてください。主様」
「うぐっ」
私の腕の中で雛がそうつぶやいた。
鈴は物静かだけど、怒るとやはり怖い。
どんな仕打ちが待っているのか想像もできないのでさらに恐ろしい。
「……。鈴ちゃんを呼んだら最初に謝っちゃだめです。ちゃんと説明すればわかってくれるので隠し事したりはぐらかそうとしたりしないでください……」
「あぁ、わかった。ありがとう。ほら、さくらもおいで」
私に忠告してくれた雛にお礼を言い、ついでとばかりにさくらも呼んでみた。
「もう、仕方のないマスターですね」
口ではそういうものの、さくらは嬉しそうにしながら私の空いている腕の隙間に入り込んだ。
なんだかんだ言ってさくらも甘えん坊なのだ。
「さて、ひとまず再開も済んだことだし、さっそく探索の準備を始めようか」
「はい」
「は~い」
小一時間二人を抱きしめて落ち着かせた後、本日の予定を決めることにした。
まずは探索なわけだけど、探索するにしても予定を立てないといけない。
「そうですね。マスターが昨日見つけたという廃墟を中心に探索してみましょうか。ほかにも回収できるものがあるかもしれませんし」
「主様のためにたくさん回収します。倉庫の空き容量はばっちりです」
二人ともやる気に満ち溢れていた。
なんだかいつも以上に張り切っているように見える。
「よし、まずは廃墟後に行って、それから予定を立て直そう。使えるものがあるかどうか確認してからのほうがよさそうだ」
「はい」
「は~い」
二人とも同意してくれたので、さっそくみんなで移動を開始する。
「ところでマスター?」
「うん? 何かな、さくらくん」
「いえ、なぜだかわかりませんけど、洞窟の狐たちもついてきていませんか?」
さくらに指摘されたので振り向いてみると、一家丸ごと私たちの後をついてきていた。
なんで?
「あー、狐たち。この先は危ないかもしれないから洞窟に戻っていてくれないかな?」
私がそういうと、狐たちは一声鳴いて拒否してきた。
うん、どうしてもついてきたいらしい。
「困りましたね。マスターのことを群れの長と認識しているようです」
「狐さんたちは強い庇護者が現れたことに安心しています」
「うう~ん……」
自由に暮らしてほしいところだが、どうも私に依存しているような節がある。
野生のはずなのになぜこうなったのか。
答えはわかっているのだが、悩まずにはいられない。
「とりあえず、さくらと雛は狐たちを守ってあげてね。探索は慎重にいくことにするから」
「わかりました」
「そうします~」
こうして私たちは三日目の探索を始めるのだった。