……遥、もし時が来たら、その時は覚悟しなさい。
あれはいつのことだっただろう。
たしかずっと昔に母が言っていた言葉だった気がする。
でも何に覚悟すればいいんだろう。
……覚えてないや。
ボクは今、真っ白な世界にいる。
目が覚めたらここにいた。
一体ここはどこなんだろ?
これは夢? それともボクはうっかり死んだのか?
わからない……わからない……。
どのくらいの時間がたっただろうか。
しばらく悩んでいると突然目の前に光が集まり、一人の白い服を着た禿頭の老人が現れたのだ。
どこから来たのかはわからない。
でも、これだけは言える。
きっと神様だ。
「ふぉっふぉっふぉっ。御神楽遥。待っておったぞ」
現れた老人はボクに向かってそう口にした。
待っていた?
「そうじゃ。残念なことにお主の人間としての肉体は死を迎えてしまったのじゃ。じゃが案ずることはない。お主の母、わしの娘の願い通りに新たな体を作ってしんぜよう」
ボクの母があなたの娘? どういうことだろう。
それに、新たな体を作るって?
突然のことで、情報が多すぎて全く整理できなかった。
「そうじゃのぅ。まずはそこからかの。お主は神であるわしの娘、つまりお主の母親と人間の父親の間に生まれたのじゃ。しかし、神の魂を持つお主に、人間の体は不釣り合い。ゆえに齢十六にして壊れてしまったというわけじゃな」
そんな馬鹿なと言いたい。
そもそも、ボクの母はどこからどう見ても人間にしか見えなかった。
まぁきれいであることは確かだったけど……。
「じゃがしかし、どうしたものかのぅ。ふーむ。少々時期尚早な気はするが、わしの頼みを聞いてくれたら日本に戻してあげようかのぅ」
ひとしきり悩んだ後、目の前の老人こと神様はそう言った。
日本に戻っても人見知りなボクにできることはあまりないかなぁ。
「何を言っておる。お主の母親もおるのじゃから戻るのが筋じゃろう? さて、まずは新しい肉体じゃが、どう作ろうかのぅ。何か希望はあるかの?」
どうやらお願いをクリアしたら日本に戻ることは確定なようだ。
まぁそれはそれとして、新しい肉体の希望ねぇ。
う~ん……。
特にないかな。
「ふぅむ。ではわしの子らの意見を聞いてみるかのぅ。出てくるのじゃ」
神様はそう言うと指をパチンと鳴らす。
すると、三名の男性と一名の女性が現れた。
「私は戦と正義と太陽の神イーサ。お前の叔父となる者だ」
一神目は筋骨隆々な人間男性の姿をしていた。
イーサさんか、覚えておこう。
「俺は鍛冶と建築と大地の神ベルザである。お前の叔父となる!」
二神目はイーサさんより大柄な、まるでオーガか何かのように見える人間?男性の姿をしていた。
「私は愛と美と自然の女神エリサよ。あなたの叔母……。いえ、姉になる感じね」
三神目は高身長かつモデル体型だが出るところは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる金髪の人間女性の姿をしていた。
「僕は魔法と神秘と魔界の神ハーンです。末っ子ですがあなたの叔父となります」
四神目は魔界という言葉がついているけど色白で紺色のローブを被った黒髪の人間男性の姿をしていた。
もれなく全員美男美女であった。
すごい……。
「さて子らよ、新たなる家族となる遥に相応しい肉体を考えるのじゃ」
神様がそう言うと、四名の男女は口々にこう言った。
「私は何でも構いませんよ。戦いを教え助けるのみ」
「俺も何でもいい。望めば何でも教えよう」
「何でもいいです。新しい家族、歓迎します」
「私は女の子がいいわね。妹のように可愛くて。銀に近い髪も素敵ね。着飾らせたいの」
四名中三名は何でもよくて、一名だけ女の子希望らしい。
「うむ。では女の子にするとしようかのぅ」
一通り意見を聞いた神様は軽くそう言った。
え? 本気ですか?
「本気じゃよ。そーれ、新しい体を作ってやろう。見た目はプラチナブロンドがいいかのぅ。神はとりあえず肩口までにしとくかの。肌は色白にして、まだ子供じゃから身長は小さくっと。顔は娘に似て可愛くがよいのぅ。もともと似ておるか。ほいほいほ~い」
若干願望? が入り混じった言葉を発しながら神様がそう言うと、ボクは光に包まれていった。
……終わったのか?
光が収まる。
周りの景色に変化があるわけでもない。
一体、なにがどうなったんだろう。
視線を下げると体ができていて足が生えていた。
今までは視線を下げるという事が出来なかったからなんだか不思議な気分だ。
あらたな体は白いワンピースのようなものを着ていて、裾の先から白い足が伸びていた。
手は小さく、繊細。
「あ~、あ~」
声をなんとなく出してみると高いきれいな声が飛び出した。
今までの声とは全く違う声だ。
「うむ、完成じゃのぅ。若干趣味に走ってしまったのは否めんがなかなかよいじゃろう。ほれ、鏡じゃ」
神様がそう言うと、目の前に丸い鏡が生まれた。
そこに映っていたのはプラチナブロンドの髪のかわいらしい少女。そして狐耳。
狐耳!?
「えっ!? 狐耳!? どういうこと!?」
頭の上を触ると柔らかい耳がつんと立っていた。
撫でても突っついても柔らかい。
どうやら頭の上から直接生えているようだ。
「うむ。実はのぅ。お主の母親は妖狐の神なのじゃ。従姉妹となるものがお主の家の隣に住んで居るが、知っておるかのぅ?」
「え? いえ、普通に人間? でしたよ?」
神様に言われたので思い返してみたものの、狐耳がついていた記憶はない。
「ふぉっふぉっふぉっ。そうかのぅ。まぁよい。今までのお主は肉体が人間のものであったからのぅ。じゃから妖狐成分なんぞ欠片もなかったわけじゃ。魂以外はのぅ」
親が実は妖狐でした! と言われて、はいそうですかと納得できるわけはない。
なんとなくお尻のほうを触ってみるとふさふさのしっぽが生えている。
自分で触ってみても手触りが良くて気持ちいい。
ついでに言うとなんとなくしっくりくる感じもあった。
性別以外は……。
「さて、お主のことは娘に伝えておこう。まぁ性別については慣れるが良い。戦闘指南と護衛にイーサを付けておくので安心するとよいぞ」
神様がそう言うと、イーサさんが一歩前に出る。
「姪ができたことは喜ばしい。私も力の限り協力しよう」
「あ、えっと、どうも……。うわっ、力強い……」
人見知りなボクでも何となくイーサさんと握手することができた。
大きな手がものすごく力強くて、ボクの小さい手が潰されるかと思ったのは内緒だ。
「えっと、それで頼みとは何ですか?」
まずは神様のお願いをクリアしてしまおう。
難しくないといいけど……。
「いくつかあるのじゃが、まずは日本に戻ることが先決じゃろう。というわけで、最初は王都の運命と創造の神殿で神像に触れ引継ぎを済ませてくるのじゃ。それがお主の新たなる神格となる。それが終わったら日本との行き来が可能となるはずじゃ」
「わ、わかりました」
なんだかよくわからないけど、まずは神像に触れることが重要らしい。
でも、日本に戻ってもゲームくらいしかやることないんだよね。
あ、でも一応学校があるのか……。
うー、あんまり行きたくない。
「では、終わり次第また声をかけるからのぅ。最初の転送位置はアルテ村じゃ。王都までゆっくり冒険するとよいぞ。イーサよ、後は頼んだぞ」
「お任せを」
こうしてボクは異世界へと旅立つことになった。
うまくいくといいけど……。