ふと眠りから覚める感覚を味わう。いつの間に寝ていたのだろうか。
ここ最近、夜更かしをして遊んでいたのは事実だが、寝落ちすることなどほとんどなかった。
久々に寝落ちをしてしまったのだろうか。
何やら顔の周りがごわごわした物が触れている。
気になったので確認のため、薄目を開け、手を伸ばして触ってみる。
「毛?」
手に触れたもの。
それは妙に暖かく、ごわごわしている。
というかごわもふ?
何の毛だろう?
確認のためにもぞもぞと体を動かし、身を起こしてあたりを見回す。
私の周りには、黄色い毛並みの狐が集まって寝ているのが見えた。
これは一体……。
考え込んでいると、つんつんと腕を突っつかれたのでその方向を見る。
狐だ。
なぜ狐がいるのだろう。
その起きている狐が私のほうを見ながらかまってほしいかのように鼻先で突っついていたのだ。
そんな狐は私が見ているのがわかると、近寄って頭をこすりつけてきた。
急にどうしたというのだろう。
残念ながら、私は動物の言葉も気持ちもわからないのだ。
「君が何を求めているのかはわからないけど、おはよう」
私がそう言うと、ほかの狐たちも続々と頭をこすりつけて来た。
それから周囲を確認する。
ごつごつした岩肌に少し遠くから光が入り込んできている。
どうやら洞窟にいるようだ。
狐が洞窟に住むとも思えないが、場所によりけりなのだろうか。
狐たちの邪魔をしないようにそっと立ち上がり、外へと向かう。
途中、壊れかけた小さな社があるのがわかった。
私の知っている神々を祀る人々がいたのだろうか。
とりあえず、今は社のことを気にしても仕方ない。
「……森? どこだ……?」
洞窟の外は森だった。
一体いつの間にこんなところに来たというのだろう。
うまく働かない頭で記憶を整理してみる。
昨夜はいつもの通りゲームをやっていたことは覚えている。
SNSでそれらを共有し、チャットツールで仲間と会話していたはずだ。
確か途中でお酒を持ってきた友人がやってきて……。
「あぁ、そうか。酔っぱらった結果なのか……。だからってこんなところまでは来ないよなぁ?」
私は残念なことにお酒に強くない。酒に強い友人との飲み比べでは大抵私が酔いつぶれてしまう。
それもあってか、友人が来てからのことはほとんど覚えていなかった。
でもそれだけ思い出せれば十分か。
今のところは。
「とりあえず帰るとするか」
私はそうつぶやくと、移動するために帰るべき場所を頭に思い浮かべる。
「ん? 移動できない?」
しかし、どういうことか全く移動できなかった。
念じるタイプのほうが楽なのだが、ゲートタイプにしたほうがいいだろうか。
それにしても、なんだか体が重いような妙な疲労感があるな。
「あぁそうか。酔っぱらった挙句、力を使い果たしていたのか。どういう状況でこうなったんだか」
似たようなことは前もあったので若干慣れてはいるが、まぁ愚痴っても仕方ない。
今は帰るための力を溜めるしかないのだから。
「しばらくはここに住むしかないか。家はーー」
家になりそうなものがないか探したが、あるものは洞窟。それとたくさん生えている木々だけだ。
「とりあえず、周囲を見て回るか」
一人だとわかっているとぶつぶつつぶやいてしまうのは私の悪い癖だ。
まぁ恥ずかしくないからいいのだけど。
「せめて過去に住んでいた人類か……それに類する存在の痕跡とか、崩れ落ちた廃墟みたいなものでも見つかるといいんだけど」
廃墟などがあれば最低でも廃材を洞窟に運び入れて環境を整えることはできるだろう。
ただ、死体とかがあったら困るが。
「骨だけならまだしも、肉が残ってたらそれはそれで困るんだよなぁ。でも、いつかは呼び寄せちゃうか」
動物の死体とか魔物の死体くらいならいいが、人種の死体はだめだ。
困ったことになるから。
木々の間を縫い、草をかき分けて進む。
草の丈はそんなに高くはないが、それでも密集しているので非常に鬱陶しい。
小さい木や藪なんかは当たると怪我をしなくても刺さるだけで痛いのだ。
「お? 見たこともない木の実を発見。でもこういうのは知らずに食べると毒に当ったりするんだよな。狐たちに聞いてみるか」
後ほど採集して彼らに聞いてみることにする。
なに、彼らが食べないものは食べなければいいだけだから。
知らない場所では水も食べ物も怖いから仕方ない。
しばらく進むと森の中に不自然に開けた場所があるのを見つけた。
これは当たりの予感がする。
ゆっくりとその場に近づくと、倒壊した建物の残骸を見つけることができた。
壊れたりしてはいるが、一応木材と石材、そして錆びた鉄材と灰を得られた。
「ふふ。こう何もない場所だと、灰すらもお宝になるな。灰はいいぞ」
灰は農業にも使えるし利用価値も高い。
入手方法も限られているため意外と手に入らないものでもある。
まさにお宝だ。
「さて、いつの建物かはわからないが、相当古そうだ。周辺には遺跡のようになっているものもあるのか? 探索したいところだけど時間がな。手伝いは明日呼ぼう」
しかし古そうな割に灰が残っているのは驚きだった。
だがよく見ると、時間の流れがここだけ遅くなっているのがわかる。
ここには何かがあったようだ。
まぁそのあたりを調べるのは明日にしよう。
じっくり探索していたせいか、思ったよりも時間がかかってしまった。
もう日がいつ傾いてもおかしくない時間なので、少しずつでも運んでいくことにする。
日が傾き夕方になった頃、ある程度の資材を運搬することができたので洞窟内に保管しておく。
今は道具がないので加工することができない。
石のナイフや石斧のようなものを作るか?
そんなことを考えながら石を叩きつけて砕いていると、狐たちが獲物を加えて帰ってきた。
角の生えたウサギに真っ黒な羽の鳥。
そして鋭そうな角を持った大きめの鹿が私の前に並べられた。
「これは君たちのだろう? 私が受け取る理由はないと思うが」
私がそう言うと、狐たちは鼻先でぐいぐいと獲物を押して動かす。
「わかったわかった。今良さそうな石の破片ができたから、切り分けよう。みんな一緒に食べるとしよう」
私の言葉が伝わったのか、先頭の狐がこちらを見た後洞窟の奥へと向かっていった。
それからしばらく後、なんとかきれいに切り分けられたところで、周りが賑やかになったことに気が付く。
見てみると、ちょこんとお座りをして小さな子狐たちがこっちを見ているではないか。
子狐たちは口々に鳴き声を上げながら、じっとこっちを見て待っている。
どうやら私が渡さないといけないようだ。
「はいどうぞ。みんなお食べ」
大きな鹿はまだ解体できていないが、小さいウサギや鳥などは解体できた。
それらの肉を狐たちは一心不乱に食べていく。
一匹の狐がじっとこっちを見ているが、私は気にせずに鹿の解体を始めた。
血抜きができないので風味はどうにもならないが仕方ない。
肉をある程度細かく切り分けたあと、集めた木の枝を配置して火をつける。
火をつけるイメージをして指をこするだけで集めた木の枝は燃え上がり始めた。
そうこうしているとこっちをじっと見ていた狐がこっちに寄って来て丸くなる。
ちょうどよかったので、枝に刺した肉を焼きつつ狐の背中を撫でた。
ちょっとゴワゴワしているが、撫で心地は悪くない。
「にしても、ここの狐は実に親切だな」
私の独り言に反応したのか、撫でていた狐が少し顔を上げたのがわかった。
本当に賢い子たちだ。
そうしてしばらくのんびりしていると、突然お尻の辺りを何かが突っついてきた。
見てみると、そこには尻尾にじゃれつく子狐たちがいた。
お互いの尻尾に嚙みついてはぐるぐる回ったり、上に乗ったりと大暴れだ。
「こらこら。元気なのはいいけど、火の近くだから気を付けてくれないかな?」
私がそう言うと、子狐たちは暴れるのをやめて私のお尻の辺りに集まって寄り添いだした。
そうしてそのまま尻尾の中へと潜り込んでいく。
待った、彼らには蚤がいるんじゃないか? 大丈夫か?
そう思いはしたものの、すっかり潜り込んでしまったからどうにもならない。
なので、潜り込めなかった子狐を抱き上げ、撫でながら私はゆっくりとその夜を過ごすことにした。
そういえば、子狐たちが潜った尻尾が誰のものか言っていなかったね。
これは、私の尻尾だ。
そう、私はこれでも、立派な妖狐なのだ。