ハイゴブリン系統の一族の1つ、青肌一族の村は森の奥地にある。
周囲は霧の結界に囲まれており、資格のないものや人間を迷わせ追い返すのに役に立っていた。
ボクたちの馬車は森を突き進み、霧の結界を越えて無事青肌一族の村へとたどり着いた。
「ここが青肌一族の村です」
ミーシャさんによって案内された村は、人族の村とあまり変わらない感じがした。
違うところといえば、煙突が多いことだろうか。
「ミーシャさん、あの煙突は何?」
石造りの壁と木材の屋根で作られた家。
その構造の隙間から石製の煙突がにょっきり生えていた。
「あれは精錬工房です。様々な鉱石を精錬しているんですよ。もちろん妖精銀も」
「へぇ~。大変そう……」
室内精錬なのかな? それとも精錬時だけ空調をよくする仕掛けかな?
どちらにしても狭い場所だとちょっと大変そうだと思う。
「妖精銀は、私たち精霊の力の影響を受けた銀鉱石が変異したものです。同じように金や銅、鉄もあるのですが、これらは使いづらさが影響したのか、人間たちは使用していません」
ミリアムさんの補足が入った。
うーん、やっぱり供給が安定してるほうが使いやすいってことなのかな?
「妖精鉄? とかって出回ってないんですか?」
「はい。特殊な採掘技術が必要な素材は基本的に出回りません。特に先ほど主と出会った場所などは、人間には耐えられないほどのエネルギーが満ちていますので」
どうやら採掘する以前の問題だったようだ。
ということは、これらの素材は独り占め状態ということかな?
「なんだかもったいない気もするけど、扱えないんじゃしょうがないかぁ」
ちょっとがっかりだ。
でも実際、どんな効果があるんだろうか。
そのあたりは気になるかな?
ボクたちはミーシャさんのお父さんの案内でひときわ大きな邸宅である村長宅へとやってきた。
頑丈そうな石材で建てられた灰色の建物だった。
屋根だけは青いので、テラコッタあたりでも使っているのかな?
「ようこそおいでくださいました。フェアリーノーム様ご一行様」
出迎えてくれた村長さんはひげを蓄えた黒髪の男性だった。
肌が青みがかっているのは青肌一族の特徴といえる。
「よ、よろしくお願いします」
村長とはいえど、この世界に来て権力者にあったのは初めてかもしれない。
「これはご丁寧にどうも。私はサスロと申します。本日はカペルとその娘のミーシャをお救い頂きありがとうございました。いやまさか、フェアリーノーム様たちに助けていただけるとは」
サスロさんは謝意を示す。
しかし、ミレたちにはあまり受けが良くないようだ。
理由はわかるけど、ボクとしてはあまり表に出たくないからちょうどいいんだけどなぁ……。
「そ、村長! と、とりあえず話を変えましょう。ここにいらっしゃる遥様は【妖精銀】をお求めです」
ミーシャさんのお父さんことカペルさんは急いで話を変えることにしたようだ。
(ごめんなさい、遥ちゃん。村長様はちょっと視野が狭いんです。失言も多いので不愉快になることもあるかもしれません)
(ボクは大丈夫ですけど、ミレたちがイライラし始めてます。早めに切り上げたほうがいいかもしれない、です)
(わ、わかりました)
ミーシャさんも気が気でないようだ。
実際ボクも気が気でない。
いつミレたちが爆発するかわからないからだ。
(ミレたち、ここは我慢。我慢だよ。後でたくさん抱っこしてあげるから今は我慢してね)
振り向いたミレたちはボクの言葉にこくりとうなずいてくれた。
これでひとまずは大丈夫だろう。
「はて? 人間の子供が【妖精銀】をお求めですと? それは承服しかねますな。あれは次の出荷で妖都に運ぶ予定です。多少余りはしますが、それでも人間に渡すものはありませんよ」
「そ、村長!」
あ、これはやばい。
「カペル、なぜそんなに怒っているのです? というかなぜフェアリーノーム様たちも武器を手に……」
「あぁ。もう間に合わない……」
カペルさんはついに絶望してしまった。
「ちょ、ちょっとお待ちください。フェアリーノーム様」
「村長の体をガッと掴んだミレたちはそのまま引きずりながら外へと出て行った」
「あ、ど、どうしよう!?」
ボクが慌てているとカペルさんがすかさず頭を下げに来た。
「も、申し訳ございません。村長は人間でいうところの権力に弱いタイプでして……」
「強いとわかっている人には媚びるくせに、見たこともない人で弱そうな人には価値が低いと考えるタイプなんです。今まではそれでもどうにかなってきましたが、さすがにもう限界でしょうね」
思えばカペルさんもミーシャさんもボクを侮ることはしなかった。
状況が状況だけにそうなりようがなかったとも言えるけど……。
「うん。でも、王様が王様の恰好をしていなくて、平民の恰好をしていたら王様の顔を知らない人は平民と侮る人がいるかもしれない。そう考えると、ボクが弱弱しい見た目だから侮ってしまったのはボクにも責任があると思うんです」
かといって耳と尻尾をつけたまま見知らぬ村に行くのは、ボクとしてはあまりやりたいことじゃない。
「こ、この中に遥様はいらっしゃいませんでしょうか!」
しばらくすると突然、焦った声と共にバンと扉が開かれ、青肌一族の男性が一人飛び込んできた。
何やら慌てた様子だ。
「あ、ボ、ボクです。もしかしてうちのミレたちが何かやっちゃいました?」
「と、とにかく急いできていただけませんでしょうか!」
「わ、わかりました」
ボクは男性の後を追って外へと向かった。
外には人だかりができていて、口々に何かを言っている。
「あーあー。ついにやらかしたか」
「力に媚びることしか能がない村長だったからね」
「村長、引退した親父さんも言ってただろう? 人を見て判断しろって」
「無茶言うなよ。あの村長、見た目で判断してんだからさ」
「中身を知れってことだろうに。よくあんなので村長が務まったよな」
「ここ最近はずっと敵対者もいなかったからだろ」
うわ、村長さん、人望ない?
さすがのボクもドン引きである。
「遥様をお連れしました!」
男性に連れられて広場中央にいくと、麻袋を顔に被せられてムームー唸る村長と斧を研いでいるミレたちの姿を見つけることができた。
隣には立札が立っており、ミレたちの文字でこう書いてあった。
『この者、我らが主人である遥様を愚弄した罪により、略式裁判の結果、斬首刑に処すものとする』
いやいやいやいや! 愚弄されてないから!!
というか、いつの間に裁判なんてやってたの!?
ボクはこの時、ミレたちの真の恐ろしさを垣間見た気がした。
ミレは持ってきた木の玉座にボクを運ぶとそのまま座らせた。
そして力強く頷く。
待って、ミレさん。
そこは頷くところじゃないです。
「ちょ、ちょっと!?」
「あいや、その処刑、しばし待たれよ! 此度の件、何卒わしの顔に免じて平にご容赦を!!」
ボクがミレたちに声をかけると同時に、少し大きい青肌族の初老の男性が飛び出てきた。
そしてそのまあ地面に頭をこすりつけながらそう言った。
「え、だ、誰、ですか?」
「前村長!!」
ボクの困惑をよそに、村人たちは彼をそう呼んだ。