さっそく戦利品となる木箱に近づく。
なかなか大きめの木箱で、一辺が1メートルくらいありそうだ。
罠がないかミレと一緒に確認していると、妙なものが視界に入った。
奥に壊れた小型の幌馬車? のようなものがあるのだ。
それも森の中にだ。
「ミレ、あの幌馬車みたいなの何?」
ボクはちょうど陰になっている部分を指さすと、ミレは木箱から離れて壊れた幌馬車のようなものに近づいて行った。
「壊れた馬車、大きな木箱。野営するゴブリン……。事件?」
なんとなく気になったので周囲を確認すると、木箱の一部に血がついているのが分かった。
森の中で馬車を襲撃……。
犠牲者は?
幌馬車の確認はミレに任せて、ボクは周囲の確認を再開する。
野営地から少し離れた場所に争った形跡を発見。
何かが現場から離れたような跡がうっすらと残っていた。
何とか追えないかなぁ……。
痕跡を見ながらうんうん唸っているとあることに気が付いた。
「あ、妖狐の姿でなら何かできるかも?」
というわけでさっそく元の姿に戻る。
「あ、これ不思議だ」
妖狐の姿になると同時に頭の上に突き出た耳に感覚を集中させる。
すると周囲の音がよく拾えるようになったのだ。
些細な音もよくわかるからミレが何をしているのかも想像しやすくなった。
「妖狐の力って何があるんだろう? お母さん教えてくれないかなぁ」
『はーい。遥ちゃん、呼んだ?』
「えっ? お母さん!?」
『はーい。あなたの大事なお母さんの若葉ですよ~』
まさかのお母さんの登場である。
「お、お母さん。なんでボクのこと教えてくれなかったんですか?」
まさか再びお母さんに会えるとは思わなかった。
声だけだけど……。
『ごめんなさい。そうよね。遥ちゃん、人間としての感覚のほうが強いって忘れていたわ。もっと早く伝えれば困らせなくて済んだのに……』
お母さんが申し訳なさそうに謝罪してきたので、ボクはだんだん申し訳ない気持ちになってきた。
「あ、いえ。お母さんが悪いというわけじゃなくて……。しばらくは会えないと思ってましたから。声だけでも聴けて嬉しいです。でも教えてください。ボクの体が死んだ理由を」
お爺様に言われたことをそのままお母さんに伝える。
するとーー。
『お父様、しっかり教えなかったのね? 遥ちゃん、あなたには男の子として生まれてきた人間の体と、性別の定まっていなかった妖狐の体の二つがあったの。半神は死後にもう一つの体に移るんだけど、遥ちゃんの場合、神と妖狐の力に肉体が耐えられなかったの。もっと早く言うべきだったわ。ごめんなさい』
そういえば言ってたっけ。
「残念なことにお主の人間としての肉体は死を迎えてしまったのじゃ。じゃが案ずることはない。お主の母、わしの娘の願い通りに新たな体を作ってしんぜよう」と。
それで作られたのが妖狐としてのボクの体……。
「なんとなく理解しました。でもお母さん? ボク、女の子にされちゃったんですけど」
唯一の問題点はそこだった。
『うふふ。不謹慎でごめんなさいね。でも、とー-----ってもかわいいわ。遥ちゃんの死後、女の子にしてもらおうと考えていたのよね。御遣い終えて戻ってきたら色々と教えてあげるから、たくさん甘えにいらっしゃい?』
お母さんはとっても嬉しそうだった。
なんか複雑だけど、どのみちこうなる予定だったのか。
あとで怒りに帰るからね? お母さん。
お母さんはクズってわけじゃないんだけど、世間離れしているところがあると昔から感じていた。
理由がわかってよかったよ。
「ところでお母さん。何かの痕跡を追う方法ってない? 妖狐の力で」
お母さんへの文句は後にして、今は本題に入ろう。
『あるわよ? 匂いや痕跡の可視化か行動の再現ね。痕跡を良く見て、お腹から尾にかけて力を込めて『映せ』と心の中で命じなさい』
言われた通りにお腹から尾にかけて何かを誘導するように感覚を集中させる。
すると下半身が甚割暖かくなり、何か熱いものが体にみなぎるのを感じた。
「お母さん、なんだか体の内側が熱いです」
『それが妖力ね。神力も同じように使うから慣れなさい。慣れれば腕を振るだけで力が使えるわ』
「はい……」
さらに集中させ、痕跡に向けて『映せ』と命じる。
すると、痕跡から湯気のようなものが立ち上がり一人の小さな半透明の男性が半透明の少女を連れてどこかへ向かう姿が映し出された。
「何かがでました。追いますね」
『気をつけなさい。追えば先にあるのは敵か不幸な結末よ』
「はい」
母の言葉を胸にボクは揺らめく人影を追う。
同時にフェアリーノームのホイッスルも吹くことを忘れない。
ピーっという音が響く。
するとミレが空間を渡ってボクの前に現れた。
きょとんとするミレに「行くよ」と声をかけ、揺らめく人影を追う。
人影は途中で追いついてきたゴブリンに襲われ負傷するが、辛うじて撃退したようだ。
近くにゴブリンの死体があったので間違いはない。
『ミーシャ、逃げなさい。この先に非常用の地下壕がある。村の馬車は襲われたが敵は振り切った。私は村へ行き堕落した者の襲撃があったことを伝えなければいけない。ミーシャは応援が来るまで待っていなさい』
『嫌です。一人で待っていても堕落した者に襲われるかもしれません。一緒に行きます』
『聞き分けておくれ。村の物資は奪われ、彼奴らのキャンプに置かれているだろう。準備が整えば仲間を増やして襲撃してくるかもしれないのだ。私は負傷している。共に動くには足手まといになるし守り切れる可能性は低い』
『お、お父さん』
『わかってほしい。もし二日経っても助けが来なければ、私はたどり着けなかったものと思ってくれ』
『……はい』
揺らめく人影はそう話すと、別々の場所へと向かった。
「ミレ、仲間を呼んで。地下壕にほかの子を向かわせて、周囲を守っていてほしい。ボクたちは確認した後、別の場所へ向かうから」
ミレはよくわかっていないようだが、わかったとばかりに頷いてホイッスルを吹き鳴らした。