「お母さんのその姿を見たのは初めてです」
「そうねぇ。あっちではこんな姿にはなれないものね~」
お母さんは終始ニコニコしていた。
そんなにボクが女の子になったのがうれしいのかなぁ……。
「さ、こっちいらっしゃい。フェアリーノームちゃんたちもミリアムちゃんもいらっしゃい」
お母さんに手招きされたので、全員で向かう。
この中で一番大きいのはミリアムさんだけど、それでもパッと見た感じはまだまだ少女といえるような大きさだった。
身長は155cmくらいかな?
まぁ、ボクたちよりは全然高いわけだけど。
「あ、ありがとうございます。主のお母さま」
お母さんに抱きしめられたミリアムさんがお礼を言う。
続いてボクも抱きしめられる。
「こ、この歳になってからされるのは恥ずかしい……」
「最近はずっと避けられていたけど、いつだって抱きしめたかったのよ? 今は女の子になっちゃったんだからもう諦めて甘えちゃいなさい」
「そ、それはどうなんですか……」
お母さんの言うとおりここ最近は確かに避けてたけど、年頃の男の子だから仕方ないわけで。
「ほ、ほら。次はミレたち。ミレ、ちょっとだけお願いしていい?」
一定距離から近づかないミレたちを見て、軽くお願いする。
すると、ミレたちはボクのお願い通りにお母さまの抱擁を受け入れてくれた。
「フェアリーノームちゃんってぷにぷにで柔らかいのね。遥ちゃんが打ち解けてくれて助かったわ」
お母さんは結構かわいいものが好きなので、ミレたちを抱きしめられてうれしいらしい。
ミレたちはよくハグを求めてくるけど、たしかにつるつるすべすべでぷにぷにしてて柔らかい。
あれは本当に癒されると思うね。
「でも、今回は会えて本当によかったわ。妖精銀の話が出ていたでしょう? 妖精銀関係ならここに来る可能性もあったから待っていたのよ」
そういえばそんな話をお母さんとしたっけ。
すっかり忘れていたけど。
「あ、そうです。妖精銀といえば、ミリアムさんと出会った場所が妖精銀の採掘場なんです」
知ってるかもしれないけど、一応伝えておいたほうがいいかな?
「そうなの? それは、なんとも運命的な話ね。妖精鉱石が自然にできるには、森の力と大地の力、そして地脈の3つの力を揃える必要があるのよ。お父様くらいであれば自分で作ることもできるけど」
「そうなんですか? さすが創造神ですね」
さすがはお爺様です。
「遥ちゃんもできるわよ? お父様の神格をそのまま引き継ぐのだから」
「え? どういうことです?」
お母さんは何を言ってるのだろうか。
「運命と創造の神殿で引継ぎを済ませるということは、お父様の神格をそのまま引き継ぐということよ? お父様は楽隠居するつもりね」
「た、たしかに引き継ぎがどうのって聞いた気がしますけど、え?」
どうやらボクはしっかり理解していなかったらしい。
「神殿に行く際には専用の人員を用意するから任せなさいね。私たちらしいやり方をするつもりよ」
「私たちらしい……ですか?」
「そう。楽しみにしているのよ」
お母さんは何かびっくりするようないたずらを考えているようだった。
ボクのお母さんは茶目っ気のある人なのだ。
「あとでこの妖都を見せてあげるわね。あ、それとこれ、遥ちゃんのスマホね」
そう言ってお母さんがボクに手渡したのは、ここに来る前まで使っていたスマホだった。
「電力は妖力でも代替できるから充電はそれでやりなさいね。遥ちゃん、向こうにいる間は近況報告を写真付きで送ってね」
「写真付きですか? わかりました」
お母さんのお願いを二つ返事で了承した。
「ミレもいると思うから風景と一緒に撮ってもらいますね」
どうせだからボクの記念写真にもしてしまおうか。
「あら、ありがとう。遥ちゃんの写真楽しみね」
「そうですか? 最近ミレが色々服を用意してくれるのでそれも撮ってみようかな?」
「あら、ミレちゃんはそんなことをしているの?」
お母さんの問いかけにミレはこくんと頷いてサムズアップする。
「じゃあ、お母さんからも何か送るわね~」
「あ、ありがとうございます」
どんなものが来るんだろう?
「そろそろ天守閣へ行きましょうか」
「あ、はい」
「ミレちゃんたちもミリアムちゃんも一緒においで」
「ありがとうございます。お母様」
(こくん)
ボクたちはお母さんに連れられて天守閣へと向かった。
お母さんのいる神殿の奥には青く光る光球があり、それに触れた瞬間今までいた場所から移動する。
移動した場所は襖で区切られた少しだけ大きめな部屋だった。
襖を開けると細い廊下と手すり、そしてどこまでも広がっているかのような城下町の景色が見えた。
ボクがここに来るときはあまり見ることはできなかったが、いくつかの区画に区切られているようだ。
城の周辺は石レンガの建物が多く、同時に木材で作られた建物も多く混在して見られた。
ちょうど明治とか大正とかの写真で見たような光景だ。
人力車が走り、着物のような洋服のようなものを着ている。
また、社殿のある方向には平安時代かと思うような建物もいくつも見られた。
寺社仏閣のある区画は京都や奈良のような風景を意識しているのかもしれない。
城下町は商業も発達しているので、時代的に明治大正期を選んだのだろう。
「ここからは見えないけど、江戸時代風の場所も用意してあるのよ。人によってはそっちのほうが落ち着くとかで、普段の住まいは長屋だったり大名屋敷みたいな場所で、遊びに行くなら少し進んだ時代の場所へ。みんな思い思いに過ごしているわね」
「そうなんですね。なんだか不思議です」
この時代が入り混じったような、でもそれらを区画で分けている街並みを見ていると、不思議な気分になってきた。
「遥ちゃんが増やすことになる妖種もこの場所に棲んでいるわね。遥ちゃんが世界を作ったら希望者を移住させるから楽しみにしていてね」
「はい。でも、無理に連れてこないでくださいね?」
「それは大丈夫よ。お母さんはこの街を自分では作れなかったから遥ちゃんがうらやましいわ」
「うらやましい……ですか? この街は誰かから引き継いだのですか?」
お母さんなら作れそうなのにどうしてだろうか。
しかし、ボクの疑問はすぐに解消することになった。
「えぇ。この世界を、この街を最初に作ったのはお母さんのお母様。遥ちゃんのお婆様ね」
「お婆様……。父方の祖父母は知っていますけど、お母さんのほうはお爺様以外知りませんでしたね」
そういえば、ボクはお母さんのお母様にはあったことがない。
どうなったんだろう。
「お母様は、遥ちゃんが生まれる一年前に忽然と消え去ったわ」
「え!? 消えたのですか!?」
予想外に結果だった。
てっきりお亡くなりに……。
いや、お爺様は神様なんだよね? まって。お婆様は何者?
「えぇ。『時は満ちた』とだけ言ってそれっきりよ」
ずいぶん意味深な消え方をしたものだと思う。
本当にお婆様は何者なのだろう。
「お母さん。お婆様の名前はわかりますか?」
ボクが問いかけると、お母さんは軽く考えてからこう言った。
「えぇ。【御神楽葛葉(みかぐらくずは)】よ。あとは、【混沌の狐(こんとんのきつね)】なんて自称していたわ」
「【混沌の狐】ですか……。妖狐だったんですね?」
「そうよ。そして神族でもあったわ。お父様が言うには別の次元の神だそうよ」
「そう、ですか」
混沌の狐、これが意味するところはなんなんだろうか。
別次元の神であり妖狐でもあるというお婆様の一体どんな人なんだろうか。
ボクはその言葉を名前に、お婆様の痕跡を探そうと決めた。
しかしまだこの時のボクは知らなかった。
これが第一の鍵だということを。